Blitz Gallery updated 2017-10-30

Past Exhibition

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「Two in One in England」
ハービー・山口 & ヨーガン・シャドバーグ写真展

2009年12月2日(水)~ 2010年2月6日(土)
1:00PM~7:00PM/ 休廊:日曜・月曜 / 入場無料
年末年始休廊 12月29日~1月5日 

ミュージシャンのポートレートやストリートでの何気ないスナップで知られるハービー・山口とフランス在住のドイツ人写真家ヨーガン・シャドバーグ(1931-)による二人展です。

ハービーは70年代にパンク旋風が吹き荒れるロンドンで写真家修行を行っています。しかし、若い彼はまだ写真家としての将来に自信を持つことができませんでした。その時期に彼の写真の才能を見抜き、自らが主宰する写真家グループに誘ったのがシャドバーグだったのです。ハービーは彼らのグループの暗室を使用させてもらい、またキュレーター、編集者、写真教育者でもあったシャドバーグから数々の写真のノウハウを学んでいます。二人の出会いがなければハービーは写真家のキャリアを歩まなかったかもしれません。シャドバークこそが写真家ハービー・山口の生みの親なのです。また、現在ハービーはライカ・カメラのマスターとしても知られています。実は彼がライカと初めて出会い、その魅力を知ったのも彼らのグループを通じてだったそうです。

2008年の春、ハービー・山口は全く偶然にヨーガン・シャドバーグの写真と再会します。彼の巡回写真展が銀座のライカ・ギャラリーで開催されていたのです。展示作品を見たハービーは直ぐに30年前のロンドンの記憶が蘇ったそうです。そして二人の交流が再び始まり、シャドバーグが自作を日本で本格的に紹介して欲しいとハービーに依頼したことから今回の二人展が実現しました。

ヨーガン・シャドバーグは、長年南アフリカで現地のドキュメントを続けてきた写真家です。欧米中心の写真史を多文化主義から見直す流れの中で近年再評価され、2008年にはキャリアを回顧する写真集が刊行されています。彼は人種差別が行われていた南アフリカや不況下の英国などで、厳しい環境の中でも希望を持って逞しく生きる人間を信じて撮影を続けています。その精神はまちがいなくハービー・山口の目指す、「見る人が生きる希望を感じさせるような写真」の原点になっています。シャドバークと同じように、ハービーは厳しい現実のなかでも自分らしく生きることを目指す現代日本の若者たちを信じ、希望を見出そうとしているのです。

本展でヨーガン・シャドバーグは1960年代のグラスゴーの作品を15点、ハービー・山口は1973年にイギリスのブライトンで撮影した未発表作を中心に約20点を展示する予定です。欧州で再評価されているシャドバーグのオリジナル作品とともに、先ごろ川崎市市民ミュージアムでの回顧展を成功させた人気写真家ハービー・山口の原点となる作品群を鑑賞できる興味深い写真展です。

ハービー・山口・プロフィール

1950年東京生まれ。中学2年で写真部に入る。1973年東京経済大学卒業後、渡英。写真の勉強をしながらツトム・ヤマシタミュージカル劇団「Red Budda」で100回の舞台を踏んだ。退団後、英国の写真家グループ「Quality of Life」に迎えられ、本格的に写真に打ち込む。ロンドンが一番面白かったパンクロックからニューウエーブに移行する時期に、身近にいたアーティストや市井の人々を共感を持って撮影。コミュニティーの内側から撮影した素のままのロッカーたちのポートレートは高い評価を受ける。
10年の滞在後、帰国するや多くのミュージシャンから声がかかり、彼らとのコラボレーションを進める一方、街の無名の人々に温かな視線を投げかけ続けた。その対象は日本だけでなく、1989年のベルリンの壁崩壊時には現地に赴き、特にチェコでは民主化成功の当日を目の当たりにし、激動の瞬間を捉えた。
どんな被写体に対しても優しい眼差しは変わることなく、モノクロームの輝きと清楚な作風は多くの人々の共感を呼び、深く心に染み入ってくる。写真の他に、エッセイ執筆、ラジオ、テレビのパーソナリティー、作詞なども手掛け、幅広く人々に支持されている。
写真展、写真集多数。代表作に、"London after the dream"(流行通信社 1985)、"ずっと探していた"(ビクター音楽産業 1992)、"代官山17番地"(アップリンク 1998)、"DISTANCE―LEICA・LIVE・LIFE2 福山 雅治, ハービー山口"(アミューズブックス 1999)、"Timeless in Luxembourg" (ルクセンブルグ大公国大使館 1999)、"bridge 22 山崎まさよし×ハービー・山口"(ソニーマガジンズ 2001)、"peace"(アップリンク 2003)、"日曜日の陽だまり"(求龍堂 2005)、"HOPE 空、青くなる"(講談社 2009)などがある。
2009年6月に川崎市市民ミュージアムで「ポートレイツ・オブ・ホープ」展を開催。

ヨーガン・シャドバーグ・プロフィール

1931年ドイツ・ベルリン生まれ。1950年に南アフリカに移住。
1950年代の激しい人種差別の中で暮らす南アフリカの黒人の実際のライフスタイルをDrumマガジンのスタッフカメラマンとして撮影。南アフリカの社会文化のあらゆるシーンを貪欲に撮影、若いネルソン・マンデラのポートレートも撮影。彼の写真には黒人か白人かの分け隔てがないことが特徴。人間を信じ愛するヒューマニストの視点があり、苦しい状況のなかでも日々の生活のなかに小さな喜びを見つけてたくましく生きる人たちの姿を見事に撮影している。
1964年には、黒人雑誌Drumが発禁となり英国に移り住む。英国も深刻な不況期で、その中でも生き生きとしている市井の人をグラスゴーなどで撮影する。1970年代にはロンドン、ニューヨーク、スペイン、フランスでカメラ雑誌の編集、写真展のキュレーションや写真やフィルムの教育者として活躍する。
1985年に再び南アフリカに戻り、ブラック・コミュニティーのドキュメントを継続。現在では「南アフリカ写真の父」と呼ばれ尊敬されている。2000年以降、多文化主義の流れに乗って再評価され、欧州のギャラリー、美術館で相次いで写真展が開催されている。2008年にキャリアを回顧する写真集がHatje Cantz Verlagより刊行。