Blitz Gallery updated 2017-10-30

Past Exhibition

「新山 清:サブジェクティブ・フォトグラフィー」
-ヴィジュアル世界の冒険-

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ⓒ Kiyoshi Niiyama

Part1 2016年 5月12日(木)~ 6月4日(土)
Part2 2016年 6月17日(金)~7月9日(土)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 日曜日および月曜日 / 入場無料

新山清(1911-1969)は、戦後期にアマチュアリズムを貫いて活躍した写真家です。死後45年以上を経て、いま新山は欧米アート写真シーンで"サブジェクティブ・フォトグラフィー"subjektive fotografie"(日本語訳"主観的写真")の重要な写真家として再評価が進行中です。本展でも、欧米同様に彼の優れた作家性に焦点を当てて作品を紹介いたします。

ドイツの老舗写真ギャラリーのキッケン・ベルリンは、2013~2014年にかけて"サブジェクティブ・フォトグラフィー"、"サブジェクティブ・フォトグラフィー2"という2回のグループ展を開催しています。この2回の写真展では、新山清の作品が多数展示されています。
サブジェクティブ・フォトグラフィーは、ドイツ人写真家オットー・シュタイナート(1915-1978)の企画により、1951年にザールブリュッケン国立美術工芸学校で開催された同名展覧会と、翌年に刊行された同名写真集が原点とされています。キッケン・ベルリンの写真展では、「主観的」を重視する作品制作アプローチが、いま主流の現代アート表現のテーマ性につながると解釈し、かつての写真運動の再評価を試みたのです。
新山清のグループ展選出には背景があります。彼は1954年にオットー・シュタイナートにドイツで開催された第2回"subjektive fotografie"展に招待されます。しかし戦後期の諸事情から参加できませんでした。その後、新山は1969年に、シュタイナートは1978年に亡くなりますが、ご子息の新山洋一氏が企画したドイツ・ベルリンでの写真展がきっかけで、二人の過去の関係性がキッケン・ギャラリーのオーナーに伝わります。2008年には同ギャラリーでシュタイナート、新山の二人展が実現しています。以上の経緯からキッケン・ベルリンのグループ展参加につながったのです。

サブジェクティブ・フォトグラフィーは、カメラの持つ特徴や撮影テクニックを駆使して、現実世界に存在する多様なフォルムやシーンを発見して自由に表現することを目指します。これは、写真家は主観的に自らの考えや人生観を表現に生かすという意味です。写真表現の幅は非常に広く、造形美を追求した抽象的作品から、リアリズム的作品までを含みます。1950年代に日本にも紹介されますが、その本質は理解されませんでした。撮影やプリント制作の方法論のみが強調されたことから、写真界に定着しませんでした。それでも新山がこの分野の作品を制作し続けたのは、彼がアマチュアリズムを追求する写真家だったからです。写真界などの周りの評価を気にすることなく、自らの主観的な撮影スタイルが追求できたのです。しかしサブジェクティブ・フォトグラフィーが認知されなかったので、彼の優れた作家性はいままで日本では評価されませんでした。欧米ではこの写真運動の再評価とともに、新山清は注目されています。本展は、彼の主観的な写真世界の全貌を日本に本格的に紹介する試みです。

展示作品はすべてが銀塩モノクロ作品です。撮影当時に本人によりプリントされた貴重なヴィンテージ・プリントと、作家遺族の管理の上で制作されたエステート・プリントが、パート1とパート2で合計約45点展示されます。

新山 清 (にいやま きよし)プロフィール

1911年愛媛県生まれ。
東京電気専門学校卒業。
1935年に理化学研究所に入社。
パーレットカメラの同人会のメンバーとして写真家活動を開始し、作品を多くのサロンや国際的写真雑誌に発表。
ロンドン・パリ・サロンで数点が入選、雑誌アメリカン・ポピュラーフォトグラフィー、フォトモンドのコンテストに入選。その後、全日本写真連盟や東京写真研究会での活動を通して日本のアマチュア写真家育成に携わる。
1957年に旭光学に入社し、東京サービスセンター所長に就任。
1969年5月13日、凶刃に倒れ急逝。

サブジェクティブ・フォトグラフィー解説

サブジェクティブ・フォトグラフィーは、ドイツ人写真家オットー・シュタイナート(1915-1978)の企画によって、1951年にザールブリュッケン国立美術工芸学校で開催された同名展覧会と、翌年に刊行された同名写真集において提唱された写真表現についての考え方のことです。同名写真展は、1951年, 1954年、1958年に3回開催されています。
これは、1920~30年代に登場した、ラズロ・モホリ=ナジ、マン・レイ、アルベルト・レンガー=パッチェらによる、新しい写真のリアリズムとフォトグラムやフォトモンタージュのような造形美を追求した、いわゆる「新興写真」を発展継承した運動でした。

シュタイナートは、サブジェクティブ・フォトグラフィーは、非対称的(ノン・オブジェクティブ)な、画面の抽象的な構成を中心とする実験写真なフォトグラムから、深みのある、美学的に満足できるルポルタージュまで、個人的な写真創造のあらゆる局面を含んだ枠組みを意味する。と語っています。

日本では、サブジェクティブ・フォトグラフィーは"主観主義"と訳されます。1956年には「日本主観主義写真連盟」がアマチュアとプロの写真家とで結成。彼らの活動は当時流行のリアリズム写真に対抗するものでした。56年末にはサンケイカメラ誌主催の「国際主観主義写真展」が、東京、日本橋高島屋で開催。同展には、その後に写真界で活躍する、奈良原一高、一村哲也、石元泰博、植田正治、大辻清司らが参加しています。しかし、日本での運動は写真技法の方法論が優先されます。残念ながら50年代末には勢いをなくしていきます。

キッケン・ベルリンは、2013~2014年にかけて、"サブジェクティブ・フォトグラフィー(subjektive fotografie)"、"サブジェクティブ・フォトグラフィー2(subjektive fotografie2)"という2回のグループ展を開催。オットー・シュタイナート、ウィリアム・クライン、マイナー・ホワイト、ハリー・キャラハン、クリステル・ストロムホルム、アーロン・シスキン、ソウル・ライター、フレドリック・ソマー、本庄光郎、杵島 隆、新山 清など約20名以上がセレクションされています。